2025-03-02 20:48
「いましめ」
きみはどこまでさすらう気か
見よ、善きものは足元にある
ただ幸福をしっかりと掴むことだけを学びたまえ
幸福はいつも目の前にあるのだから
ゲーテ
プロローグ
「日本はいい国だ」
瞬は父親の口癖を思い出した。
確かに、と瞬は思う。
500円あれば温かくて美味しいランチにありつける。
アメリカでは冷たいバサバサのターキーサンドでさえ500円では買えない。
それに日本のトイレは素晴らしい。
一度でも日本で暮らしたことのあるアメリカ人は、トイレの快適さを忘れられないと口を揃える。
「だが旅はいい。旅に出ないと人は駄目になる」
これも父親の口癖だ。
ずっと同じところに留まるとその良さに対して鈍感になってしまう。
鈍感になり、傲慢になり、日々の暮らしに感謝の気持ちが薄れてくる。
それが父親の言い分だった。
エマとの出会いも旅の途中だった。
だが彼女は約束の場所に現れずに、二人の関係は途絶えたと瞬は思った。
「いや…終わるもなにも、そもそも始まりがあったのだろうか?」
瞬は自問し、過ぎた日々に思いを馳せた。