2025-03-18 09:27
① 今は昔、ひと時ではあるが表参道のあたりに住んだことがある。
表参道ヒルズのところに、まるで軍艦島で目にするような古めかしいアパートがあった時代だ。きらびやかな店の並ぶ表参道も一歩裏手に入ると驚くほど地味で、築年数の深そうなアパートだらけだった。
僕の部屋もそういうアパートの2階で、狭い裏通りに面しており窓の先の視野を桜の老木が遮っていた。
花冷えの後の暖かさが戻ってきたその夜、桜の老木はその年最後の晴れ舞台を舞っているかのように怪しく美しかった。斜め前にある安っぽいタクシー会社の看板がちょうどいい角度から桜を照らし出してくれる。
僕は銭湯で十分に温まってきた体にフリースを羽織り、窓を開け放って半分外に乗り出した格好で、微発泡のロゼをラッパ飲みしながら一人夜桜を楽しんでいた。
ひと筋の風が吹くと、誰かが操っているかのように花びらがきれいに尾をなして飛んでいく。あの花びらの飛び行く先は別の世界なのではないか、そのような夢心地に浸っていた。ふとそのとき窓の下から桜を見上げているひと気を感じた。↓